広島高等裁判所岡山支部 昭和33年(ネ)11号 判決 1958年10月31日
控訴人 長田克一
右代理人弁護士 岸本静雄
被控訴人 西岡薫
右代理人弁護士 笠原房夫
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。この部分に関する被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文第一項と同旨の判決を求めた。
当事者双方の主張と立証は、控訴代理人が当審証人垣内好太郎の証言を援用したほか、原判決事実摘示と同じであるから、これを引用する。
理由
被控訴人がその所有にかかる原判決添附目録の家屋を控訴人に現に賃貸し控訴人はこれにより旅館業を営んでいること、その約定賃料は昭和二十九年以降一ヶ月四千円であること、ならびに被控訴人が昭和三十年八月控訴人に対し同年九月一日以降の賃料を一ヶ月一万円にするとの増額の意思表示をしたことは、いずれも当事者間に争がない。
被控訴人は、右賃料増額の意思表示は借家法第七条本文に基いてしたものであるから、賃料は一方的に増額された、と主張する。
よつて案ずるに、原審検証の結果によれば本件建物については地代家賃統制令第二十三条同令施行規則第十一条により地代家賃統制令の適用のないものというべく、又原審における控訴人本人の供述によれば一定の期間借賃を増加しない特約も存しなかつたことが認められると共に、原審証人西岡又市の証言原審鑑定人青井仁、片山直八の各鑑定の結果を綜合すれば、本件家屋の賃料は、昭和三十年八月当時、従来どおりの四千円では、近隣の貸家の賃料に比較して不相当であつたことを認め得るから、借家法の前示規定により、本件家屋の賃料を一方的に増額できる場合であると解される。
そこでその適正賃料について案ずるに、これを定めるに当つては、家屋の賃借人は、家屋を占有使用するとともに、反射的に、その家屋の敷地を占有使用しているのであるから、本来は、家屋使用の対価(純家賃と仮称する。)に合せて敷地使用の対価(地代相当額と仮称する。)をも賃貸人に支払うべきは当然であるが、世間一般には、この両者は判然と区別されておらず、家賃もしくは賃料の名称のもとに、あたかも、単に家屋使用の対価のみを意味するに過ぎないような誤解を与える「金員」の交付が行われていることを考慮する必要がある。しかし、名称は何であれ、それが家屋賃貸借における賃料であるからには、特にその敷地の使用対価を含まない旨の約定がない限り、その賃料は右にいわゆる純家賃と地代相当額との合算額であると解すべきである。(昭和二五年八月一五日物価庁告示第四七七号、第二、以下地代家賃統制令第五条に関する告示参照。)―従つて、賃貸人は特約がない限り家屋の賃料として支払を受けた以上、更に右にいわゆる地代相当額の支払を要求することができないと、解するのを相当とする。―本件賃借家屋の賃料もまさに右の二つを合算した額でなければならない。ところが、原審証人青井仁、片山直八の各鑑定の結果を綜合すれば、右家屋に関する昭和三十年九月一日以降昭和三十一年八月末日までの間の純家賃は一ヶ月七千円、地代相当額は一ヶ月千円、昭和三十一年九月以降の純家賃は一ヶ月八千円、地代相当額は一ヶ月千円と認めるのを相当とするから、本件賃借家屋の賃料は、昭和三十年九月一日以降昭和三十一年八月末日までは一ヶ月八千円、昭和三十一年九月以降一ヶ月九千円と定めるべきである。当審証人垣内好太郎の証言と原審における控訴人本人の供述をもつてしてもこの認定を覆し難く、他にこの認定を左右するに足る証拠はない。
控訴人は、本件家屋の賃料は四千円以上では高過ぎると主張し、原審において控訴人本人はこれにそう供述をするが、前記鑑定の結果に対比し措信し難く、他にこれを認めるに足る証拠はない。
次に、控訴人が昭和三十年九月分以降の本件家屋の賃料を支払つていないことは、控訴人の自認するところである。
されば、本件家屋の賃料は、昭和三十年九月一日以降昭和三十一年八月末日までの間は一ヶ月八千円、昭和三十一年九月一日以降は一ヶ月九千円と確定すべく、かつ控訴人は被控訴人に対し昭和三十年九月一日以降昭和三十一年八月末日までの賃料九万六千円を支払う義務がある。
控訴人は、本件家屋の敷地は控訴人の所有であつて、(この点は当事者間に争がない。)その地代を被控訴人から支払を受くべきものであるから(ここに言う地代は前掲地代相当額と全然異る概念であつて、本件家屋の敷地に関する借地契約に基き、被控訴人が控訴人に支払うべき土地使用料を意味する。)、その地代を差引けば、家賃は月三千円内外を相当とする旨主張するが、被控訴人が借地契約に基づいて地主に支払うべき敷地の地代は、適正家賃と定めるに付て重要な参考資料となるであろうが、当然その地代を差引いたものが直ちに適正家賃であるとすることはできないのみならず、その地代債権と本件賃料債権とを対当額で相殺するとの主張であるとしても、右地代の数額、支払時期等、相殺適状に関する具体的な主張がないから、この相殺の抗弁は認め難い。
従つて、被控訴人の本訴請求は如上賃料の確定およびその支払を求める限度において正当であるところ、原判決はこの限度よりも被控訴人に不利益に認定したにかかわらず、この点につき被控訴人から控訴がないので、当裁判所としては右不利益の部分を利益に変更するわけにいかず、結局原判決認定の限度において被控訴人の請求を認容せざるを得ない。すなわち、本件控訴は理由がないことに帰するからこれを棄却すべく、控訴費用の負担につき民訴第九五条、第八九条に則り主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 高橋英明 裁判官 高橋雄一 小川宜夫)